明けても暮れても

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が18歳の夏に木暮となったのには、複雑ではないが厄介な経緯があった。

そもそもの両親は夫婦仲が悪く、娘が小学生の頃に離婚した。父親は言動が何かと暴力的だったので、幼いながらもは彼と離れられることに安堵していた。だが、それから数年後、母親は年下の男性と交際を始め、が小学校卒業のタイミングで結婚、そして神奈川へ転居をした。

の暮らしはそこから歪み始める。

義理の父親は実父と違って暴力的に振る舞うことはなく、明るくて元気、母親とは仲が良かった。だが、中学に入学したばかりでまだまだ親のサポートが欲しかったにとっては、全てにおいて母親を独占し、自分を除け者にしてくる迷惑な人だった。

実父はわがまま放題に育てられた男児がそのまま大人になったような人だった。義父は人生足し算が全てという感性の人だった。どちらも活動的で上昇志向が強いという点では同じで、対する母親とはそれに比べれば大人しい性格をしていた。

母はそういう「引っ張っていってくれるような男性」が好みだったのかもしれないが、は苦手だった。そんな意味でも母親の再婚はにとって歓迎できることではなく、やがて母子関係にはヒビが入り始めた。ちょうど思春期の折、が人並みに反抗的な時期だったことも災いした。

なのでが高校1年生を終えようとしていた3月に母親が急病で倒れると、ふたりは慌てた。病床で朦朧とした母とは互いに謝り倒し感謝の言葉を交わしたが、それもほんの数日間のことで、彼女はまだ40代だったというのに、そのまま亡くなってしまった。

母の葬儀では義父が大泣きをし、棺の中の妻に「愛してるよ」と連呼しまくったため参列者の涙を誘い、故人は幸せな女性だったと話題になっていたが、その時も制服姿のは蚊帳の外だった。実父はその頃既に再婚していて幼い子供がおり、娘の支えになる暇はないと言っていたらしい。事実、何年も会話すらしていなかった。

その中での身を案じていたのは、母方の祖父母、実父の妹である叔母、そして義父の姪にあたる人物とその夫、であった。というより、その5人しかいなかった。母親には弟がいたが、実父のように横暴な人物で、は好きではなかった。あるいは実父方の祖父母は以前から物言いが高圧的なので苦手だったし、可愛がってもらった記憶もなかった。

しかし母を失ったと妻を失った義父はしばし日々の生活を維持するので精一杯になっており、未成年後見人となった義父とはその継ぎ目を失ったまま、同じマンションで暮らしていた。

を案じていた5人のうち、もっとも近い距離に住んでいたのは義父の姪夫婦で、その夫の方がの夫となる木暮公延のいとこだったわけなのだが、この頃はもちろんそんな話は影も形もなかった。ただ、その妻の方、高梨キリエが高校2年生の夏頃にある心配を口にし始めた。

「別にダイちゃんがそういう人だって言いたいわけじゃないんだけど、そういうのってすごくありふれてるでしょ。てことはそういうことが多い、ってことだし、だからって無視してていいとは思えないんだよ」

ダイちゃん、というのがの義父。キリエはその姪にあたるのだが、彼女はが性的虐待を受けるのではないか、あるいはもうそれが始まっているのではないか、と不安に感じていると言い出した。

ダイちゃんことの義父である来栖ダイキは現在30代後半。姪のキリエとは年の近い叔父姪ということもあり、子供の頃から親しい仲ではあったそうだが、キリエは女性として「亡き妻の残した血の繋がらない娘」であるのことを思うと、いくら叔父でも信用ならないと言う。

キリエの夫シュウジは大人しくて気弱な人物ではあったけれど、妻の言う心配は一笑に付していい問題だとは思えなかったので、概ね同意だった。

「確かに、葬式でも喪主とはいえダイキさんが主役って感じだったよね」
「それもおかしいでしょ。血の繋がった娘がハブられてて、ダイちゃんオンステージって」
「性的なものに限らないしね、虐待って」
「そうそう。あれ以来どうしてるのか聞かないけど、が心配で」
ちゃんとダイキさんが仲がいいって話も聞いたことないし」
「マヤさんなんか最初から結婚反対してたみたいだし」

マヤはの叔母。実父の妹にあたり、実父方唯一のの味方と言ってよい。彼女はの母親を慕っていて、離婚後も親身になってくれていたのだが、来栖ダイキをひと目見た瞬間「兄の亜種」だとして結婚に反対、それに従う義理もないの母は以来、付き合いを絶ってしまった。

それをから聞いていたキリエはどうしても引っかかるものがあり、の母サヨの葬儀でこっそりマヤに接触を図り、連絡先を交換していた。ただ問題はふたりとも関係が微妙な距離で、ダイキは現実にの未成年後見人であり、同居4年目で父親の立場にあり、その生活を案じたところで実態を知るすべがなかった。

一方、高梨夫婦とマヤに心配されているなど知りもしないは、突然日々の家事などを全て自分でやらねばならなくなったので、悲しみと環境の変化で目まぐるしい日々を送っていた。そのせいで一時は成績が落ち込み、しかし事情が事情なので、友人や担任の先生らが協力を惜しまず、それでなんとか凌いでいた。

そんなふうに少しずつ立ち直ろう、母が心配しなくていいように生きていこう、となりに頑張っていたわけなのだが、夏休みになると新たな問題が襲いかかってきた。1ヶ月以上休みであるに向かって、義父のダイキが「家事一切をやれ」と言ってきたのである。

その「家事一切」には食事の支度や洗濯、掃除はもちろんのこと、彼の部屋の掃除や、彼の日常に関わるものの調達や、日中に都合をつけづらい手続きや雑務などが全て含まれていた。本人曰く、「オレは真夏でも一生懸命働いてるんだから、毎日休みのがやるのは当然」なのだそうで、生活費全般を義父の収入から賄っていた上に、やけに高圧的だったので、はそれに逆らうことは出来なかった。

その上、に与えられた生活費は本当にギリギリの額で、この春にいきなり家事を始めて不慣れなはやりくりに四苦八苦し、週ごとの精算時に不足が発生したことを報告すると、厳しく叱られるようになっていた。しかもが補填していた不足分の返還はなかった。にはサヨの遺産があったので。

そう、この時たったひとつだけにとって幸運だったのは、母サヨがダイキよりも年上で収入も多く、個人名義の遺産が存在したことだった。なのでそれらは半分ずつ分けられ、は高校生にしては大金を手にしていた。母方の祖父母やマヤは「ダイキさんは辞退してに譲るべきでは」と渋い顔をしていたが、もちろんそんなことをダイキが言い出すわけがなかった。

遺産があるから不要と考えたか小遣いはゼロ、週に一度支給される生活費は食費にも足りない。その「遺産」がなければ、は生理用品、日用品、衣服、散髪、文具などといった当然かかる費用に使う金がなかった。将来のために貯蓄しておこうと思った遺産だったが、やがてそれを切り崩しながら生活するようになっていた。

こうしては夏休みの間をまるで「サヨの代用品」として暮らし、やっと二学期を迎えたのだが、休みが明けてもダイキは「家事一切を終えてよい」とは言い出さなかった。それに首を傾げていただったが、それから1ヶ月ほど経過したところで「中間テストだから家事を休みたい」と言ったところ、ダイキの表情が一変。

「別に家事なんか大した時間かからないだろ。洗濯だってボタン押すだけじゃないか」
「だからテスト期間は自分のことは自分で――
「だーかーらあ、そういうのは、自分で稼いで暮らせるようになってから、言うことじゃないのかなあ」

ダイキは実父のように大声を出したり、物にあたったりは決してしない人だった。けれど普通の音量の声で言っている内容は激しく苛ついた大人のものであり、テーブルをトントンと叩く指先には力がこもっていて、は恐怖を感じた。改めて見るとダイキは自分より背が高く、腕が太く、体も大きな男性であった。

「今まではサヨがぜーんぶやってくれてたけど、だからサヨは若いのにあんな死に方をしたんじゃないの? は何もかもサヨにやらせて自分では何もしない、女の子なのに晩ご飯のお手伝いひとつしなかっただろ? 悪かったなって、お母さん可哀想だったなって、反省とかしないわけ?」

静かだが不遜に睨みつけてくるダイキに対し、は「それはお義父さんも同じでしょ」とは言えなかった。

そうしてが逆らわなくなると、ダイキは増長し、なにもかもが「やって当たり前」と思うようになった。その上要求はエスカレートし、が必死にそれを遂行しても感謝することはなくなり、むしろ他人には「性格の悪い義理の娘を頑張って育てているので疲れている」と被害者面をするようになった。

さらに三者面談に召喚されると「自分はまだ若くて収入が少ないので進学は不可能」と言い出し、本人の希望は全てスルー、分相応に就職するのが当たり前ですよねと笑顔だった。

この頃になるとは家の中でも物音を立てないようにしながら暮らしていた。の部屋には鍵がかからなかったし、必要な用があって友人と通話しているだけで壁を蹴ってくるようになってしまったので、いつ実父と同じになるかと怯えたはじっとしているしかなかった。

かと思えばダイキは「この家の中のものは全て自分の金で買ったもの」という感覚に陥り、実際にはサヨが購入したものでも、どう使用するかには異様に厳しくなった。あるいはモノだけでなく、電気や水道などにもうるさくなり、特にエアコンやドライヤーは慎重に使わねばならなかった。

それが高じては古い歌のように「義父より早く起き、義父よりあとに就寝」という生活を余儀なくされ、なんならダイキより先には風呂にも入れないという日々を続けていた。家の中のことは何もかもダイキが最優先であり、はそれらが全て終わってからでないと何も出来なかった。

キリエやマヤが心配していたことは、ほとんど的中していたのである。

そうしては誰にも窮状を知られることなく、そのまま年を越し、3年生に進級した。

3年生になったはいいけれど、相変わらずはダイキの召使い同然の生活をしていた。は以前から海外で働きたいという夢があったのだが、もはやそれも幻になり、義父の召使いでいるよりは苦しくても就職してひとりになる方がいいのでは、と思い始めていた。

母方の祖父母と暮らすという選択肢が取れなかったのは、ふたりの家が遠方の地方都市のさらに郊外にあったので、も祖父母も現実的ではないと判断し、さらに例の母の弟である叔父が「跡継ぎ」を自称していて、「祖父母の家で暮らすならオレの嫁と子供のサポートをしろ」と言ってきたので、結局召使いコースだったからだ。というか既に叔父の子供3人は祖父母に丸投げされており、こちらも年の差婚である叔父の妻は「ちゃん、あの家は私たちが相続するってこと忘れないでね。あなたの家じゃないの。あの家に住むならウチのこと全部やってもらうからね」と言いながら前髪をひたすらいじる動画を送りつけてきた。

実父は現在の妻子を理由に支援を拒否していたし、叔母のマヤはを養って進学させるほどの収入がなかったし、祖父母はそもそもサヨを嫌悪しており、なので息子が実家に戻って若い女性と所帯を持ち直して幼い孫がいる――という状況を蹴ってまでを助けたいとは考えなかったらしい。

いずれにしてもは「大人の補助が必須なほど子供でもない、金がかかるだけの厄介者」だったのだ。

は辞書の中に「四面楚歌」の文字を見つけてついニヤリと笑った。私のことじゃん。

3年生に進級して就職クラスに入るしかなかっただが、未練たらしく勉強は続けていて、成績は悪くなかった。なので家庭の事情を把握しているこの年の担任副担任はふたり揃ってダイキに進学を勧めてくれたのだが、のれんに腕押し、新学期直後の面談では「何度も言ってますけど進学する金はないんですよ。就職は本人の好きなところでいいんじゃないですか?」とやっぱり笑顔だった。

とはいえ、この生活にストレスを感じていたのはダイキも同じで、自分に懐かないのことは最初からあまりよく思っておらず、高校さえ出れば独立させてサヨとふたりで暮らせると思っていたのに当てが外れ、を始めとしたサヨの身内との関係を断つために死後離婚――姻族関係終了届を考えていた。

しかも、ダイキはこの時既に自分がへの性的虐待の疑惑をかけられている、という噂を耳にしていたのである。それも頭にきていた。不幸中の幸いと言おうか、ダイキは未成年に興味がなかった。なのにそんな嫌疑がかけられているということ自体が腹立たしかった。

自分はのために働いているわけじゃない。養ってもらっている感謝の言葉ひとつなく、やって当然の家事もすぐサボりたがり、その上進学したいだなんて図々しいにもほどがある――そんなふうにダイキはストレスを貯めていたが、家事全般をに丸投げする癖がついているので、役所に届け出をしにいくのですら面倒で、への苛立ちと自分の境遇への怒りだけを募らせていた。

一方その虐待疑惑の噂の元であるキリエはキリエで、とはたまにそれとなく連絡を取り合っていたのだが、が召使い状態であるなんてことを言い出さないので、無駄にやきもきしていた。しかし進学に充分な成績を保持しているというのに就職という話を聞いてしまい、その点は主にシュウジが惜しんだ。

「うちが面倒見てあげられればこんなことには……
「借金する前にこういうことになってたらねえ……

ふたりは結婚を機に起業し、それを軌道に乗せるため頑張っている最中、という状態。なので子供も当分先の予定。が居候するくらいなら協力できても、学費生活費を全て負担できる経済状況ではもちろんない。

だが、高梨夫婦がそんなことで肩を落としていると、マヤから中途半端な朗報が入ってきた。の母方の祖父母が学費だけでも支援したいと考えているという。しかし、学費が出たからと言って、昨今アルバイトだけで学生の生活費が賄えるかどうかは怪しい。ダイキはそんなの生活費を負担する気はないだろう。

「だからさ! 昭和に貧乏がアルバイトで苦学生出来たのは! それだけお金がなくても暮らせる世の中だったからってことも! あると思うのよ! 毎日同じジーンズ履いてても髪を切らなくても男の苦学生なら問題なかったでしょ!? 今の子に、しかも女の子にそれが出来るわけがないじゃん! 学校はパソコンなきゃダメだし、スマホがなきゃ生きていかれない世の中じゃん!」

そう言ってジョッキをテーブルに叩きつけたのは、キリエである。肌寒い春が終わった途端、突然夏がやってくるという温暖化進行に音を上げて、仕事終わりにシュウジとふたり、馴染みの居酒屋でハイボールを二杯目である。シュウジは酔うのが好きではないので、モクテルで二杯目。

「全入時代っていうけどさ、誰でも必ず学べる権利は中学までしかないわけだしね」
「中卒に自由な未来なんかないじゃん……未だに学歴が収入格差に直結してるってのもどうなのよ……
「ま、だから親ガチャとか言われるわけだしね。大人が文句言えた立場じゃない」
「それで最低ふたりは子供産めとか無茶言うなよなー! 産んでほしけりゃ金払え!」

しかしそんなことを愚痴っていてもの窮状は改善を見ない。なのでまた肩を落としたふたりはため息をつききると、刺し身を突っつく。普段は節約生活の高梨夫婦だが、たまの息抜きには金をかけるべき、という主義である。どちらも合理的なのが肌に合うので、仕事は忙しいが充実している。

「鯛うま。てか公ちゃん遅くない?」
「もう学校出たって連絡きてるけど……渋滞してるのかな」
「えっ、車?」
「じゃない?」
「まーた私だけ酔っぱらいか」
「いつものことじゃん」

この日ふたりは「よし今日は飲みに行くぞ!」と決めたところで、シュウジのいとこである木暮に一緒に飲まないかと声をかけていた。ふたりより少し年下なので「公ちゃん」と呼ばれている木暮は現在高校に勤務しており、忙しい時は返信もまともに来ないが、今のところ担任も顧問もやっていないので多少は余裕があるそうな。

そんな木暮は大学進学の時に家を出て以来ひとり暮らしで、この高梨夫婦のように合理的なタイプなので、外ではアルコールを控える習慣がある。酒ならチューハイで家飲みの方が安い。というわけで基本ノンアルのシュウジとふたりいつも素面で、キリエだけがへべれけ、というのがこの3人の集まりになっている。

それから20分ほどで木暮が到着した時もキリエはレモンサワーで赤い顔をしていた。

「遅くなってごめん」
「もしかして忙しかった?」
「いや、ちょっと道混んでた。は〜腹へった〜」

車なのでノンアル、仕事帰りなので普通に食事……という木暮に向かってキリエは勢いよくげっぷをする。それが気にならない程度には長い付き合いでもあり、実際親戚でもあるので、話題はすぐにのことになっていった。というか、それ以前に木暮とは面識がある。

「そっか、あのちゃんがもう高3か。早いな〜」
「てか3年前のあの家ってどんな感じだったんよ」
「そこまで踏み込んでないよ。ダイキさんとは最初に挨拶しただけだし」

木暮は献立無視の食いたいものディナーをかきこみながら、眉間にシワを寄せた。というのも、木暮は3年前に少しだけの家庭教師をやっていたのである。シュウジからキリエ、キリエからダイキに紹介されて、中3で受験生だったの「ぶっちゃけここがわかんない」が遠慮なく言える先生として白羽の矢が立った。

といっても木暮は既に社会人だったし、実際にの部屋で勉強したのはほんの数回であり、あとはメールやビデオ通話での教師と教え子だった。そしてが無事に高校に合格した時に、一度だけとサヨ母子にお礼として食事をご馳走になった。なのでダイキのことはよくわからない。

「分籍しちゃえば、って言いたいところだけど、生活のあてがないってのはな……
「そう。学費だけでも、っておじいちゃんおばあちゃんの気持ちは立派なんだけどさ」
「遺産で暮らすことは出来ないの?」
「高校生には大金でも、そこまでの金額じゃないらしい」
「半分はダイちゃんが取っちゃってんだしね〜」

事実サヨの遺産はの召使い暮らしの助けにはなっても、年単位の生活費には到底足りない。結局そこだけが解決しない。あるいは宝くじの高額当選でもすれば一瞬で解決する、というだけの問題だった。

「成人って言っても実態がないよな、まだ」
「成人が親連れで進路相談の面談とか、おかしな話だよな」
「んあ〜ッ、どこかの石油王がを見初めないかな〜!」
「それはそれで自由がなくなる気がするけど……

ネタにマジレスの木暮は野菜たっぷりスープを飲み干すと、食べ終わった食器を端に寄せるとテーブルの上で腕を組んで首を傾げた。

「そう、成人なんだから自分の意志で結婚だって出来る。なのに保護者が必要。ちぐはぐだよな」
「まあでも、もし安定した収入のある相手と結婚できたら解決するよね、この話」
「高校生が勝手に入籍しちゃうとか、あるのかな」
「公ちゃん本職なのにそういう情報入ってこないの?」
「妊娠はたまに聞くけど、結婚はまだ聞いたことないな〜。てかちゃんて彼氏いるの?」
「オレはそこまでは……

高梨夫婦、マヤ、祖父母。それぞれを案じているのは同じだが、情報量には差がある。それでもおそらくこまめに連絡を取り合っているキリエは他の人たちより知ってることが多いはずだ。木暮とシュウジがそんな話をしていると、キリエのジョッキがゴンと音を立ててテーブルに落ちた。

「なに、どした」
「それ……よくない?」
「それって?」
「結婚」
「いやまあ、そんな都合のいい相手がいればね?」

酔っ払いをあしらうようなシュウジに、キリエは手と首をぶんぶんと振ってみせる。

「いるじゃん!」
「誰よ」
「これ!」

そして真っ赤な顔をしたキリエは、木暮をビシッと指差した。

「公ちゃん! もらってくんない!?」