私、将来の夢は「社会的にも人間的にも自立した女」。
別に他人がどう生きようと興味はないけど、私は一度しかない人生を男の付属品で終わりたくないの。年寄りは少子化少子化ってうるさいけど、自分の人生は自分で決める。私は別に天才じゃないし、家が裕福ってわけでもないし、どこにでもいるような高校生でしかないけど、そういう生き方を目指してる。
もちろん恋愛なんか優先順位が下。高校生は恋愛しなきゃいけないみたいな圧が鬱陶しいけど、高校生の恋愛が全て良いとは決まってないでしょ。クソみたいな男に引っかかるかもしれないし。それに、性欲で恋愛するのは嫌なの。私が恋愛に求めるのは信頼や尊敬、精神的な繋がりで互いを高め合えるようなパートナーだから。
後悔はしないと思う。私には必要ないから。
いらない。
って思ってたんだけど……!
いや待って別にその考えが変わったわけじゃない。今でも目指しているのは「社会的にも人間的にも自立した女」だし、そのためには結果が伴わない可能性が高い恋愛は優先順位が低いって考えも変わらない。
だけど今私の目の前にはそんな鉄の意志を揺さぶる誘惑が……
「悪いな、でも助かる」
「推薦決まったんじゃなかったの?」
「決まったけど、ちゃんとやれってうるさくて」
「中間だからまだいいけど……」
私の目の前にはしかめっ面で苦笑いっていう器用な表情をしている男子が1名。名前は三井寿。同学年、同じクラス、というか気付けば3年間同じクラスだったらしい。というのも、この三井は入学直後からいきなりグレてしまい、校内では「見ない話しかけない触らない」人種になっていた。なのでヤンキーの一団の中にいたんだろうけど、私がそれと意識することはなかった。
で、なんで三井と向い合せになっているかというと、中間テストの勉強。3年になってからまたいきなり更生した三井は部活ばかりでテストはいつもギリギリ。実はすごいバスケ選手だったらしい彼は大学の推薦入学が決まったらしいけど、来週月曜から中間だってことを金曜の今日まで忘れていたらしく、私に泣きついてきた。
別に仲がいいってわけでもないんだけど、たぶんアレだ、私が更生三井に目の色を変えなかった女子だからだ。
更生三井でクラスが湧いてた時、私ははしゃぐ友達の騒ぐ声を聞き流してた。恋愛興味ないし、友達がキャーキャーいう男はいつも何がいいのか理解できなかったから。
だけど私の目の前に現れた三井は……すごく……やばい……
いやこんなことで語彙力なくしてる場合じゃないんだけど。ないんだけど……!
「ていうかどこが不安なの?」
「えっ、全部」
「全教科!?」
「だって授業中寝てるし」
「全教科を3日で……」
三井はまたしかめっ面で苦笑い。しかしこれがやばいのよ……三井更生したらすごくかっこよくなったという話だけは聞いてたんだけど、まさかここまでとは。
確かに私の目には「ヤンキー眼中に入れないフィルター」ってものがかかっていたから、三井がどんな男子なのかってことは、今初めて見ていると言っても過言ではない。だから友達が騒いでたのも「くだらね」って思ってたんだけど、それを秒で反省するほど三井はやばい……
バスケ部だから当たり前と言っていいのかどうか、見たところ余裕で180は突破してそうな身長。やっぱりバスケやってるとそう育つのか、長い腕、大きな手、ああそれ、手の甲、やばいから、その骨の浮き具合とか、短く切ってある爪とか、くっそ、なんでそんなとこまで目が行くんだよ私は。
「赤点ギリギリでいいから頼む!」
「まさかと思うけど、この週末……」
「あ、でも早朝とかは自主練してるから」
「いや待てそれ以外の時間を全部?」
「えっ、ダメだったか?」
「だ、だって私も準備が……」
「だから一緒にやってればいいじゃん。わからなくなったら聞くから教えてくれればいいよ」
なんだかとても自分勝手でわがままな要求をされているように聞こえるんですが、なぜ君はそんな朗らかに微笑んでるんですか。てか微笑んでるのにどこか眉に緊張らしきものが残って見えて、それが哀しげに見えてしまうのは私の気のせいか? それを感じるたびに胸と胸の間あたりがギュッとなるのは幻覚?
「場所はどうすんの」
「あ、そっか。って駅どこだっけ。おお、隣か。じゃそっち行くわ」
「えっ、うち!?」
「いやまさか、駅前にいくつかファストフードあったよな」
「週末の駅前のファストフードなんかうるさくて勉強出来ないんじゃない……?」
「うーん、そうか、そうだよな。そしたら……」
勉強場所の候補を悩み始めた三井が椅子を引き、足を組んで腕も組んだ。足なっが! 靴でか!
てかやっぱり腕長いな……あの腕にギュッてされたらどうなるん……何考えてんだ私――ッ!
落ち着いて、落ち着いて私。こんな男子の身体で妄想するとかそんな性欲余らしてる女みたいなのやめて。恋愛は身体でするものじゃなくて心でしたいって言ってんじゃん! 一緒にいて幸せを感じる、それが恋愛感情! あの両腕にくるまれてみたいとかそういうのはダメ! それただの性的興奮! 人間は野生動物じゃない!
「てかここってどうなん、学校。週末は体育館しか知らないんだよな」
「私も来たことないから、なんとも……」
三井は「そうだよな」とか言いながら片腕を上げて指で顎のあたりを触れた。
唇……
やめろっつってんだろ私――ッッッ!!!
勘弁して……てか三井って唇の近くに傷があるのか……なんかそーいうの逆にセクシーっていうか、バスケやってるっていうのに荒れてない指先でその唇をなぞるのほんとやめて。指がムズムズしてきてんだけど何これ? 触りたいの私? いや触りたいなこれ。いやいや、三井の手を掴んで、三井の指で唇をそっ……
無理――!!!
なんで……なんで私こんな三井に欲情してるみたいになってんの……。まあ、百歩譲って更生三井がかっこいいっていうのは認めたとしよう。確かに整った容貌をしてるし、同い年とは思えない「余裕」が垣間見える感じは誰にでも魅力的に映るのかもしれない。
だけど私が欲しいのはそういうものじゃなくて、「人間同士の絆」なの。私、三井のことなんも知らないじゃん。怪我で挫折してヤンキーやってたってことくらいしか知らないじゃん。人柄っていうか、性格っていうか、そういうのなんも知らないんだから、やめた方がいいって。怪我するだけだよ。
「が嫌じゃなきゃ、オレんちでもいいんだけど……」
そういうこと言うんじゃないよ!!!
「そ、それはちょっと……私も勉強したいし……」
「あはは、そうだよな。あ、でも誓って変なことしようとかそういうのは思ってないぞ」
「そ、そんなこと心配してないよ。てか今までそんな仲良くなかったし、どうしたの急に」
楽しそうに笑う三井、急に真面目な顔になって言う三井、そんなくるくる変わる表情に目眩がしそうで、口が滑った。でもそれが全ての本音でもある。中学同じとか他になにか接点があるとかでもないのに、中間やべーから助けてくんない? って急に言われた私の混乱は今まさにピークに達している。そしてムラムラしている。
いやムラムラは待て! なんかしっくり来すぎる表現だけど却下だ!
「え、あれ、もしかして無理矢理だったか……?」
そのショボン顔はやめろ……むしろかわいいから今すぐやめるんだ……
「いや、そういうわけじゃないけど、なんでだろって」
「えーと、だからその、こういうこと頼めそうな知り合いがいなくて」
ショボン顔はなくなったけど、今度はちょっと目をそらして照れてる。くっそ、こっちもかわいい……
「なら真面目だし、中間くらいで切羽詰まってないんじゃないかとか、思ってだな。断られるかもって思ったけど、オレのこれまでのこととか気にしないんじゃないかって思って、ダメ元で言ってみた」
ここで私のムラムラは一瞬どこかに消えた。だからなんでそう思うのよ。
すると三井は組んでいた手足を解いて身を乗り出し、机で頬杖をついた。畜生、その首の角度、手の甲……!
「いやほら、よく言ってただろ。人がどう生きようと関係ないって」
それは正しくは「人がどう生きようと興味ない」なんだけど……まあそんなに意味は変わらないかな。
「私、三井にそんなこと言ったっけ?」
春まで激しいヤンキーだったし、更生してからは部活ばっかりで、一対一で喋ったのなんか、今日が初めてみたいなものじゃなかったかな、私たち。なんでそんなこと三井が知ってんの? と思っているのが顔に出たのかもしれない。頬杖の三井はふわっと表情を緩め、目を細めて優しく、本当に優しく微笑んだ。
「さ、オレがずっと後ろの席だったの、気付いてなかったんじゃないか?」
は?
きっと目が真ん丸になってたんだろうな、私。三井は途端に顔をそらして吹き出し、可笑しそうに目を細めて私の方に流し目を向ける。ただでさえ混乱してるのに、そういう目で見ないでよ……
「やっぱ気付いてなかったか。そんな気はしてたんだよな」
「え、あの、ごめ……」
「まあだから、オレに言ってなくても聞いたことあった、ってわけ」
後ろの席に誰がいるか認識してなかった恥ずかしさ、そこに座っていた三井を「どうでもいい誰か」だと思っていたくせに、彼の仕草のひとつひとつに翻弄されていた情けなさ、そして自分の信じている「自分」が保てそうにない落胆――
ショックで笑うに笑えない私の目の前で、三井は顔を戻してまた目を細める。心臓に来る笑顔。
なんかアレだね……私、更生三井にキャーキャー言ってた人たちと同じじゃん……
「てわけなんだけど……?」
「ごめん……ちょっとあまりにも自分が人でなしで……」
「そんな気にするなよ、無理言ってんのはこっちなんだし」
「いや無理とかじゃないけど、ええと、場所、だよね」
「そう。学校が使えなかったらあれか、コワーキングスペースとかいうやつ」
「ああ、そっか、それなら週末でも静かだよね」
慌てて取り繕ったけど私はけっこうショックを受けていて、その日はなんだか上の空だった。でも赤点だけはなんとか回避したい三井とはしっかり待ち合わせの約束をしていて、翌日早速私の最寄り駅で会うことになってしまった。私だってテスト前だっていうのに、いきなり私服で会うとか焦りすぎて既に疲れた。
と、思ったら……
「よ、おはよう」
「おっ、おは、よう」
私服やべえー!
ただでさえなんか高3らしからぬ大人を感じる色気を漂わせてるっていうのに、シンプルなTシャツにジーンズに腕時計だけでなんでこんなかっこいいのこの人……くたびれたリュック肩に引っ掛けてるけど、それすらなんか上級者のオサレアイテムに見える……
てか舞い上がって媚び媚びでセックスアピール盛り盛りの服とか着てきたらドン引きされるという怖さから出来るだけ無難なものを選んだつもりだったんだけど……私の服は果たして本当にこれでよかったんだろうか……この三井の隣を歩いていいんだろうか……
と思ってたら、土曜の朝のさわやかな風に吹かれながら三井は言った。
「へえ、私服、かわいいじゃん」
えっ、なに……? この人そーいう軽口叩くタイプだったっけ……?
三井の大きな手に背を押されて歩き出したけど、足がうまく曲がらない。なんだこれ、勉強するんじゃないんか私たちは。てかそもそも私は受験生だし、中間ひとつ疎かにしてはならないはずではないのか。こんな土曜の朝から同じクラスの男子にムラムラ……じゃなくてドキドキしてていいんだろうか。
「そうだ、今日何時まで大丈夫?」
「えっ時間、えと、まあ、深夜にならなければ……」
「お、まじか。じゃあ」
隣を歩いていた三井はひょいと背を屈めて顔を寄せてきた。緊張するあまり反応が遅れてしまい、なんか顔が近い。顔近。ヒゲの剃り跡ある。傷がくっきり。まつ毛きれい。わあ……チューしてえ……
「お礼代わりに昼だけじゃなくて夜も奢るから、飯、食っていかないか」
それって、デートみたいですね。ていうか夜までずーっと一緒にいる気なんだ、この人。
色々衝撃が強すぎてぼーっとしてる私に三井はさらに顔を寄せてくる。
「だからその……明日も、ダメか?」
明日も朝からこうやって待ち合わせて夜までずーっと一緒なのか、私。三井と。
え? 死なない? キュンが過ぎて心臓止まらない? 至近距離で微笑まれて爆発四散するんじゃない?
でもなぜか私は頷いて、「うん、いいよ」とか言ってた。三井は「ありがとう」とか言って微笑んでる。
無理そう。恋愛は二の次とか愛情は信頼によって生まれるとか無理すぎ。てかもうムラムラ来てんのちょっと楽しくなってきたんだけど。なにこれ、ムラムラって楽しいのな?
ダメだこれ、私こいつのせいでダメんなるわ。
END