私をダメにするあいつ(ら)

私、将来の夢は「社会的にも人間的にも自立した女」。

別に他人がどう生きようと興味はないけど、私は一度しかない人生を男の付属品で終わりたくないの。年寄りは少子化少子化ってうるさいけど、自分の人生は自分で決める。私は別に天才じゃないし、家が裕福ってわけでもないし、どこにでもいるような高校生でしかないけど、そういう生き方を目指してる。

もちろん恋愛なんか優先順位が下。高校生は恋愛しなきゃいけないみたいな圧が鬱陶しいけど、高校生の恋愛が全て良いとは決まってないでしょ。クソみたいな男に引っかかるかもしれないし。それに、性欲で恋愛するのは嫌なの。私が恋愛に求めるのは信頼や尊敬、精神的な繋がりで互いを高め合えるようなパートナーだから。

後悔はしないと思う。私には必要ないから。

いらない。

って思ってたんだけど……

いや待って別にその考えが変わったわけじゃない。今でも目指しているのは「社会的にも人間的にも自立した女」だし、そのためには結果が伴わない可能性が高い恋愛は優先順位が低いって考えも変わらない。

だけど今私の目の前にはそんな鉄の意志を揺さぶる誘惑が……

我が海南大学附属高校は「スポーツ進学校」なんて言われることがある。運動部が強くて活動も盛んで、それを目当てに受験する人が多いから。だけど別にスポーツに特化した学校ってわけでもなくて、普通に普通科。私立だけど気取ったところはなくて、穏やかな校風。

なので地域との関わりは強い方で、毎年10月に「スポーツ交流会」っていうイベントがあって、近隣の高校6校が親善試合的なことをやる。昔は1日に全競技を一斉にやったらしいんだけど、最近は数日に分けて少しずつ試合をこなす。ので、そのために毎回生徒代表が会議を行うことになってる。

「代表なんて3年生だけでいいのにな〜」
「試合が学年別だからだって先生は言うけど……

で、今年の代表になってしまった私は、同様に今年の1年生代表であるバスケ部の清田信長とふたりでのろのろと歩いていた。代表は各学年男女ひとりずつ選出で、各校6人。それが6校集まるので36人で会議しなきゃならないんだけど、確かに多過ぎると思う。1年生なんか事後報告で充分なのに。

ただしこの清田は本年度スポーツ特待生であり、全国大会常連のうちのバスケ部の主将候補……ってことで、優先的に代表に選出。そういう意味で顔は広いし、代表を務めれば委員会免除だし、会議と当日で数日間程度の任務で終了だから部活を邪魔しない。なので私も1年の時にこれに選ばれたことは、幸運でもあるんだけど……

「しかも1年の時にやっちゃうと楽ってのは先輩たちが言ってた」
「会議って言っても、先輩たちの後ろにいるだけだろうしね」
「そう考えると気楽だよな。てか腹減らない? アイス食べない?」
「間に合わんて」

というわけで私たちは今年のホスト校である南浜高校へと向かってるわけなんだけど、どうにもこの清田が観光気分というか、普段からこういうテンションなのかもしれないんだけど、遊びに来ましたみたいな感じで浮ついてて……。だけど本年度スポーツ特待生というだけあって、同学年の間では普通に有名人。インターハイに出場したのはもちろん、決勝までの全試合に出場したとかで、直接面識なくても、どんな人かは知ってる、ってことが多い。私もそう。向こうは知らんだろうけど、私は清田を知ってる。そんな感じ。

でもそういう予備知識での清田ってのは、絵に描いたようなチャラバカな小学生男子ってイメージだった。そういう風に言う人が多いし、遠目に見てもそういう騒ぎ方をしてることがあるし、まあ、要は少しもじっとしていられない元気っ子なんだろうな、みたいな。そういう男子はちょっと面倒だよなって。

なのに……

「えっ、間に合わない? 最後ちょっと走ればよくない?」
「私は無理だってば」
「オレおんぶしたげるよ」
「無理」
「大丈夫だってくらい余裕」
「そういう意味じゃない恥ずかしい」
「まじか」

あのね、これ、息がかかるくらいの近さで交わされてる会話なんですよ。場所は電車のシートの上。かなり空いてたので普通に並んで座りまして、そしたら清田のやつ、だらーっと足を投げ出して座りまして、それでも平気なくらい空いてるんだけど、まあそのせいで顔が近くて、でも電車の走行音で聞き取りにくいのかなんなのか、顔が近いんですよこの人。

当然、最初はウザいと思ったんだけど、なんかね、近いんだけどそれ以上はちょっと、っていう距離を心得てるっぽいんだよねこいつ。わっ、近い、ってちょっとドキッとするくらいの距離っていうのかな。それを越えない。そういう状態でにこにこしながら色んなことを喋る。よく喋る。

なので私は勢いツッコミを挟むだけになり、清田がペラペラ喋っているときは彼の肩から上あたりを見つめ続けることになってしまうんだけど……

「女子ってお姫様抱っことかおんぶとか憧れるとか言うくせにやってやろうかっていうとヤダって言うじゃん、あれなんでよ。先輩たちはお姫様抱っこやおんぶは憧れてもお前には憧れないからだろとか言うしひどくね? てかオレインターハイでもめっちゃ活躍してきてんのに校内での評価低すぎない?」

そう。実は同学年の間ではこの「男子」感が仇となったか、言うほど女子人気はない。まあ女子の方もちょっと年上のお兄さんを好む時期だとは思う。私には理解できないけど、友達はそう言う子が多い。お金持ってて恋愛に不慣れな自分をリードしてくれる優しい年上がいい。初エッチがヘタクソな男で傷つくのも嫌だし、なんて。

なので同学年の女子にとって清田はその「ガキっぽさ」が強い男子だったんだと思う。

ところが、間近に見た清田はガキっぽいどころか、日々部活で鍛えてるせいか、かなり逞しい感じで……

まあ確かに表情なんかは子供っぽい感じがしなくもない。でも輪郭とか鼻梁とかはしっかりしてて、肩とか腕も……なんだか高校1年生って感じがしなくて、それに気付いてしまった私は清田の体が気になってきてしまい……体っていうかほら、手足とか、首とか、そういうことなんだけど、ネクタイを緩めた喉元がまたすべらかな肌をしていて……

いや待て落ち着け、清田がペラペラ喋ってるせいで口を挟む隙がないからって思考が飛躍しすぎだ。それじゃまるで私が間近に見る清田の体に反応して欲情してるみたいじゃん。

……てかこの人歯並びかわいいな……整ってるけど犬歯が八重歯みたいにちょっと浮いてて……ワンコ……

待て!!! 歯を凝視とか気持ち悪すぎんだけど!!!

自分の発想に鳥肌が立ったところで駅に停車。ドアが開いて乗客がなだれ込んでくる。すると清田は投げ出していた足を引っ込め、きちんと座り直し、改めて体を屈め、「席、譲った方がいい人、いないよな」と囁き声を出した。まあ、いない。時間的には早めの放課後だから学生も多いし。

つまりその、あの足を投げ出して座っていたのは行儀が悪いからではなくて、私の目線に合わせるためだったりして。それに、席を譲るべき乗客がいるかどうかを気にしてるなんて。これがガキ?

一転、ちゃんと座った清田は腕を組んでるけど、その手はグーに握られていて、いい感じの骨が浮き上がってて、つまり、これもほら、手のひらを差し込んで腕を組むと隣の女性の胸に近いからっていう、アレなのでは? 実際は私の腕があるから胸には当たらないけど、そういう気遣いに見える握りこぶしにこめかみのあたりがボッと熱くなる。全然ガキっぽくないじゃん。

ていうか本人の言うように校内での評価は確かに芳しくない。だけどこの肩の広さはどうよ……

降車する時には混んでた車内を抜けるために、清田は「後ろから着いてきて」と言って立ち、人混みをかき分けてくれた。南浜高校へ向かうバスの中でも、揺れる車内でよろめく私に「コケそうになったらぶつかっていいから」とか言い出す。そしてにっこり笑顔。

……歯フェチだったのかな……こいつのニカッという笑顔の歯が輝いて見える……

いや、おかしいって。私の理想の恋愛は知的で柔らかくて清潔で高潔なもの。匂い立つ肉体とかフェロモンとかそういうのはなくて、春の日差しのようなほっこり愛がいいの。穏やかな日々の中で繰り返される薄味の食事みたいな、じんわり心に染み込む恋愛がいいの。

なのになんで私はこいつの笑顔と歯に興奮してんのだ。胸全体がドッドッドッて音漏れ激しいいかつめのミニバンみたいなことになってんぞ。

なんか楽しそうに喋っては笑い、そのたびにサラっとなびく長めの黒髪、細めた目は黒目がちで、伏せてもキラリと光る。なに喋ってんのかは正直まったく頭に入ってきてない。ボーッとしてきた。よくない……こういうの「のぼせ上がってる」っていうんじゃなかったっけ……そんなのやなんだけど……

やなんだけど私、そのまま南浜高校の生徒会室に通されて、またボーッとする羽目になった。

まあ別におかしなことではないんだけど、6校の代表中18人の男子の中で清田は一番背が高く、だというのにそこそこ小顔で、物怖じしないので超笑顔で挨拶とかしてる。私以外の代表女子17人全員の目の色が変わり、口元が緩む。3年の先輩もニヤついてしまいそうな口元を書類で隠してる。わかるよ。わかる。

いやわかるなよ私は。

まあ、あるあるだよね。身近な人の魅力に気付かないってのは。身近な分、短所がたくさん目につくし、人は無いものねだりが得意だから。だけど今回はたまたま全代表が平均的高校生だったのに対し、ひとり目立つ感じの清田が混ざってしまった。

だから他校の女子がウハッてなるのはいいけど私はダメじゃん男にデレデレしたくないはずじゃん!

しかし……! どうしたことか……! 他校の女子の羨望の眼差しがこんなに気持ちいいなんて……

はあ……私って嫌な女だな……別に清田は私の彼氏でもなんでもないのに、会議中でもチラチラと清田を盗み見るのをやめられない女子たちの視線の中で、もう地震かなんか起こったらチューしちゃうんじゃないのってくらい顔を近付けて囁いてくる清田の声が全身に響いてゾクゾクして……

かすかに頬にかかる清田の息遣いを真正面から受け止めたくなる。胸元のあいたシャツを掴んで引き寄せ、サラサラの髪を指で梳いて、あの可愛い歯に食らいつくようなキスを――

はい、会議中!!!

自主的に目潰しをして己に制裁を加えた私は書類に集中。集中……はああ……清田の手でっかいな……あの手で撫でられたい……体中まさぐられたらどんな感じなんだろう……

はい会議終わりなんも覚えてねえ!!!!!!

ダメだ……自分を制御できなくなってきた……人間てこんな簡単に壊れるのか……

「なんか会議室暑くなかった? 喉乾いた〜」
「窓閉めきってたしね……

さらにシャツのボタンを外した清田は、髪をザクザクとかき上げたかと思ったら、手首に付けてたヘアゴムで手早くまとめる。まとめたけど、雑な分、おくれ毛だらけで……それはそれで色っぽい……そっか……色っぽいのかこいつ……てことは私はそのエロさにあてられてるのか……

「なあ、やっぱアイス食って帰ろ? 奢るから! なっ?」

こんな状態の私がそれを拒否れるわけもなく。清田がアイスを舐め取るさまを見たい欲求に抗えなかった。私の体の中は興奮と絶望でまっぷたつ、ムラムラに身を委ねてしまいたい私と、今ならまだ間に合うから逃げたい私が大喧嘩をしてる。誘惑に負ければきっと気持ちがいいと思うけど、たくさんのものを失うような気もする。

「うーん、チョコ系とフルーツ系とミルク系どれにしようかな……
「てか奢らなくていいって。好きなだけ食べなよ」
「だーめ。共犯になってもらわんと」
「誰にも言わないってば」

駅の近くにあったジェラートショップ、店内は南浜高校の生徒でごった返してる。そしてやっぱり清田には頬を染めた女子たちの熱い視線が注がれている。だってそうだよね、清田のやつ、私がドリンクかなんかで逃げると思っているらしく、肩をがっちりと捕まえていて、人前でいちゃつくカップルみたいになっちゃってる。

ジェラートデートか……あまずっぺえ〜すっぺえ〜……そうか、酸味だ。

「私リモーネとミックスベリー」
「おっ、じゃあオレはチョコ系にしよっかな。ジャンドゥーヤとピスタチオと……ストラッチャテッラ!」

酸味の強いフルーツ系でこの沸騰した頭をクールダウンせねば。どうせまた帰りも顔近付けてあれこれ喋るんだろうし、フルーツ系なら息すっきり爽やかで一石二鳥。ミックスベリーが歯に詰まることがないよう祈る。

しかしリモーネは期待したほど酸っぱくないし、ミックスベリーも素材そのものの優しい甘さ。でもそんな甘くて冷たくてフレッシュな香りのジェラートが強烈な発情に疲れていた私を癒やす。こんな興奮を感じたのは生まれて初めて。なんだか疲れたよ……

「なあ、そっち味見させてよ。オレのも食べていいからさ」

せっかくクールダウンしたのになんてこと言いやがるんだお前は!!!

というか清田がジェラートは舐めず、ガバッと食いついて頬張り咀嚼という色気ゼロの食い方をしたので、安心してクールダウンしてたっていうのに。しかもまた体を屈めて顔を近付けてきやがって、なんだよその肩幅、バスケやってると肩まで伸びるのかよ唇の端にチョコ付いてんじゃん舐めてえ〜!!!

また興奮でクラクラしていた私が勢いでジェラートを差し出すと、あろうことか清田は私の手を掴んで引き寄せ、リモーネとミックスベリーのてっぺんをパクッと食べた。手やっべえ……すっぽりだよ……指長えな……しかも掴んだときの力加減が絶妙……

「んま〜! 全然酸っぱくないじゃん」
「でも甘すぎなくて美味しいよね」
「アイスってなんか、嬉しいよな。はい」

はい、で差し出されたチョコナッツトリプルをちょっと口に含む。あはは、あっま〜い! 味わかんね〜!

「アイスが嬉しい、って面白い表現だね」
「そか? そーいうのない? すっげえ嬉しいときの衝動とか」
「飛び跳ねたくなる、とか?」
「そうそう。うわーって喜びが腹の底から湧き上がってきて」

ぐわーってムラムラが腹の底から湧き上がってきてますよ。どうしたらいいんだろね、こういうとき。

そして油断していた私の目の前で清田はジェラートペロリをやらかし、その長い舌にグラリと視界が傾く。そんな私に気付いているのかいないのか、清田は意味ありげにニヤリと目を細める。

「そーいう時って、キスしたくならない?」
「えっ、キス!?」

そりゃ、今すっげえしたいよ。てか何これ誘われてんの? どういうこと?

「会議、あと2回あるじゃん?」
「え、ああ、そうね、あと交流会当日とか」

なので私と清田のコンビもほんの数日間限りなのだけど……

「次もまたジェラート食べて帰らない?」

あと2回の会議は今日と同じように電車と徒歩移動で南浜高校まで。清田はまた練習に戻るために学校に帰らなきゃいけないけど、てか本当はこれ学活に含まれるから寄り道買い食いとか禁止なんだけど、歩きながらジェラートを食べるくらいなら。共犯、ふたりの秘密、って甘すぎる……

でも私はあと2回もこの清田に耐えられるんだろうか。

ダメだこれ、私こいつのせいでダメんなるわ。

END