私、将来の夢は「社会的にも人間的にも自立した女」。
別に他人がどう生きようと興味はないけど、私は一度しかない人生を男の付属品で終わりたくないの。年寄りは少子化少子化ってうるさいけど、自分の人生は自分で決める。私は別に天才じゃないし、家が裕福ってわけでもないし、どこにでもいるような高校生でしかないけど、そういう生き方を目指してる。
もちろん恋愛なんか優先順位が下。高校生は恋愛しなきゃいけないみたいな圧が鬱陶しいけど、高校生の恋愛が全て良いとは決まってないでしょ。クソみたいな男に引っかかるかもしれないし。それに、性欲で恋愛するのは嫌なの。私が恋愛に求めるのは信頼や尊敬、精神的な繋がりで互いを高め合えるようなパートナーだから。
後悔はしないと思う。私には必要ないから。
いらない。
って思ってたんだけど……!
いや待って別にその考えが変わったわけじゃない。今でも目指しているのは「社会的にも人間的にも自立した女」だし、そのためには結果が伴わない可能性が高い恋愛は優先順位が低いって考えも変わらない。
だけど今私の目の前にはそんな鉄の意志を揺さぶる誘惑が……
私、ずっとストーカーって「一方的な恋愛感情」のことだと思ってた。だけど、恋愛感情が1ミリもないストーカーってものに悩まされる羽目になってしまった。
きっかけは大したことじゃない。春の校外学習という名の遠足で私は実行委員的なものになってた。しおりを作ったり、班分けをしたり、バスの席順を決めたり。それをペアになった子とやってたんだけど、その子が「バスケ部の近くに座るか、同じ班になるか、出来れば両方にして」って言い出した。
うちのクラスにはバスケ部の部長と部員が合わせて4人いて、女子たちに言わせると全員お顔が上質なのだそうだ。私にはよくわかんなかったけど。なのでまあいいか、と彼女とその仲のいい子をバスケ部と同じ班にして、席も近くした。当日、彼女はご満悦で、仕事放りだしてキャッキャ騒いでた。
ところが遠足の翌週、「職権濫用」だと私が糾弾されはじめた。いや、濫用したのは私じゃないだろ!
その謎の「が悪いウェーブ」はなぜかクラス中に広まり、実際にバスケ部の近くにしろと言ってきた子まで「だったらいいなとは言ったけど〜」と意味不明なことを言い出す始末。でも、冷静に受け止めてくれてる子もいたし、どうすんだこれ、と思ってたら、ひとりの男子がやたらと周囲に現れるようになった。
彼は遠足当日、自由行動中にノンアルコールビールを飲んでいて、私服だったとは言え学校行事でそれはまずいと声をかけた私の言葉には耳を貸さず、手に余った私は担任に報告した。当然厳重注意、親にも報告、厳密には法律違反ではないにせよ、ちょっと問題になってた。
それがネガキャンに押されてヘイトが高じてしまったらしい。
恋愛感情のないストーカーなので、私の周囲に現れては無言で凝視してきたり、肩をどつかれたり、自宅は近くないのに地元で見かけるようになったり、つきまといと威圧が繰り返されるようになった。
なので再度担任に突撃。だけど先生たちはそれをあまり真剣に受け止めてなくて、「悪いことをしたと謝りたいのかもしれない、の方から声をかけてみれば」などと頓珍漢なことを言い出す始末。お前らは私を理不尽な暴力に遭わせたいのか。
さてどうしよう。親にも話したけど、だからって毎日学校の送り迎えをしてもらえるわけじゃないし、どの程度のところで警察やらに相談すればいいのか、と考えていたところだった。
どうしてこう世の中ってのは被害者が黙れば事件は事件にならない論法が好きなのか……とため息を付きつつ職員室を出ると、案の定廊下の向こうにストーカー野郎の顔が見えた。このストーカー野郎、クラスの女子査定では「F組で2番目に顔がよい」のだそうで、実はかなりモテる男子だ。
周囲が問題を真剣に聞いてくれないのはそのせいでもある。私は別にクラスいちの美少女とかいうわけではないので、なんでそれがストーカーされるんだ、って顔してんのよ全員。だから恋愛感情ねえって言ってんだろ。それに、遠足ごときでイキってノンアルビール飲むようなクソダサい男に好かれても嬉しくない。
くそっ、私になにか「1番」があれば……!
と、ストーカー野郎とは逆方向に行こうとした私は、何かにぶつかってよろめいた。顔を上げると、私が今一番ほしい「1番」をたくさん持ってる人物がいた。件のバスケ部部長、藤真健司。職員室から出てきた。
「あ、よかった、まだいた」
「はへ?」
この藤真が持っている「1番」はクラスで一番などという狭い話ではなく、少なくとも「校内1」をいっぱい持っている。まず女子たちに絶大な支持を受けている顔。彼女たちにとっては「芸能人がゴミに見えるレベル」らしい。そして校内で一番実績のあるバスケ部の、主将で、監督も兼任しているという、運動部ヒエラルキーのトップオブトップ。この時点でもう私の10倍くらいの戦闘力を持ってる。
それが何の用だ。
「すまん、さっき先生と話してるの聞こえちゃったんだけど」
「ああ、ほら、廊下の奥にいるでしょ」
「いやその、オレここまでひどいと思ってなくて。あいつマジでつきまとってんのか……」
「普通ここまでしないよね〜」
そう、被ストーキングを自覚して以来、ほとんどの人が「自意識過剰の思い込み」だと私に責任転嫁してきた。だからきっと藤真も噂話にこのことを耳にしたとき、「大袈裟だな」とか思ったに違いない。だけど廊下の奥にはヤバめな視線を送ってくる男子がいるし、先生は気にしてないし。
「その、実害とかは」
「物理的には何回か肩パンされたとか、机の上のもの落とされたとか、そのくらいかな」
「それ充分問題だろ。ノンアルビールで揉めてる場合かよ」
「ま、ビールの方は学校の名前に傷がつきかねないしね」
「だからそれがおかしいだろ!」
雑談のつもりで受け答えていた私は、どうやら藤真が怒っているのだと気付くと、途端に彼の表情が意識の中に入ってきた。藤真に対してクラスの女子たちみたいな興味を持ったことがなかったから、もしかして私は初めて彼の顔というものを認識したのかもしれない。
それでも「神ビジュ」とか思わないんだけど、そのやけに真剣な目にドキッとした。こんな真剣な目付きをする人、初めて見た気がする。というか神ビジュ認定らしい藤真をひとりの人間として見たことがなかった気がする。ある日突然藤真の席に等身大のパネルが座ってても気付かなかったに違いない。
「てか、時間大丈夫か?」
「え? うん、あとは帰るだけだけど」
「ちょっと部室、一緒に来てくれない?」
「部室? バスケ部の?」
「そう。テスト前で人いないし、ちょっとこれ置いてきたいから」
「お、おお……?」
それがなぜ私まで部室なのだ、と思ったのが顔に出たらしい。でも藤真はまだあの真剣な目。
「家まで送ってくよ。それでもあいつが着いてきたらオレも先生に言うから」
「え」
そう言って藤真は私の肩をぐいぐい押してきた。というわけで突然距離が近くなって、思わず見上げた私の視界で彼の前髪が揺れ、その隙間から厳しさを帯びた目がキラリと光った。
私ね、こういう女子にキャンキャン言われてる男子ってのは、化粧してんのかってくらいの白美肌で、髪もツヤッツヤで、リップクリームを欠かさないみたいな人だと思ってた。あるいは何もしなくてもそういう容姿を保てる人とか。くっそ羨ましいなと思ってた。
ところが、藤真の顔には、はっきりとわかる大きな傷がひとつ、他にも細かな傷がいくつか、おまけにうなじのあたりの髪が一箇所、剃ったみたいになくなってた。なんだこの満身創痍……
それをね、「ああ、バスケって想像以上に激しいスポーツなんだな」って思うでしょ、普通。顔でチヤホヤされてる藤真だけど、きっと転んだりすっ飛んだりしながら頑張ってんだな、って。いや私もこんなストーカーで参ってなかったらそう思ってたはずだよ。
でも私が瞬間的に思ったのは「傷って……エロエモい……」だった。
なんだよそれ。エロエモいって何。私が気持ち悪いわ。
傷フェチってのは聞いたことある。漫画のキャラとかで傷があるキャラが好きって、そういうの聞いたことある。でも私そんなこと一度も思ったことない。思ったことないし、別に傷自体に反応したわけでもなさそう。てことは、一見完璧に見える藤真に傷がある、っていうのがいいのか私は。
歪みすぎじゃね……?
いや、私は今、正直、あのストーカー野郎の件で機嫌が悪かったし、それを小耳に挟んだからって、送っていくよなんて言い出す藤真の心遣いにちょっと感激してたわけですよ。おいおい、顔がいいだけでなく性格もいいんですか天は二物を与えちゃったんですかとか思ってたわけですよ。
なのに傷にエロさを感じてどうするんだ。せめてあの真剣な目付きにしろよ。
んっ、いや、違うな、あの真剣な目付きと傷のセットがいいんだな。
いや、いいわけあるか。ダメだ落ち着け、今そんなこと考えてる場合か。部室入っちゃったよ。
「ちょっと待ってて、これ置いてくるから。ドアは鍵かけておいて」
藤真はにこりともせず、真剣な目のまま。埃っぽい匂いとメントールの匂いが染み付いた部室は緊張を伴う。だってここは本当に男子バスケ部員しか入れない聖域のはず。彼女でも入れないって聞いたことある。なのにいいんだろうか。ここで藤真とふたりっきりになりたいって思ってる女子は10人や20人では足りないはずだ。
「なあ、例の班分けと席順て、本当はどうだったんだ」
「彼女がバスケ部と一緒がいいって言うから」
「それ自体は事実なんだな?」
「それはそう。先生からは揉めない配置にしろとしか言われてないし」
「まあ、ちゃんと仲いいやつで分けられてたけど」
「私が彼女とバスケ部をくっつけても何の得もないしね」
戸棚に手を突っ込んで書類だかを整頓しつつ、藤真はそんなことを聞いてくるんだけど、なんかこう、思ったより声が、落ち着いたトーンと言いますか、少年ぽさがないと言いますか、けっこう低くて、ヤバいな、この声、腰に来る。腰に響く。いや自分でも意味わかんねえけど。
「それがなんでが悪いみたいになってんだ」
「ほんとに」
「他人事かよ」
くぐもった笑い声ですら響くわ……腰っていうか、下っ腹にズンと来ますなこれ……
「……実はさ、バスの中でも、班行動でも、おかしいなと思ってたんだよ。実行委員はふたりペアなのに、なんでだけ働いてて、この子遊んでるんだろうって。ビールの件だっては当然のことをしただけなのに、先生にチクるって最低みたいな話になってて、オレそういうの理解できなくて、気持ち悪くて」
人として素晴らしいことを言っている藤真くんの低い声にムラムラし始めている私は本当に最低だと思います。
「でもそういうの気にしてないみたいに見えてて、すげーなって、思ってたんだけど」
今ちょっと藤真くんの立派な発言が全然頭に入ってこなくてやべーなって思ってます。
「ストーカー化してるって話も、そういう流れの中で作られた話なのかと思ってた」
「て、みんな思ってるみたいよ」
「ごめん、オレも思ってた。それは反省してる。あれはなんとかしないとダメだ」
戻ってきた藤真はやっぱり真剣な目。なんならちょっと怖いくらい、厳しい表情。でもその佇まいには大所帯のバスケ部を牽引しているリーダーとしての貫禄みたいなものもあって、顔とかなんとか以前に、この藤真って人の魅力みたいなのにちょっと触れた気がした。
……のに、まつげ……藤真のまつげすげえいい……まつげがいいって何よ……
いや私ほんとに最低じゃね? 藤真はこんなに真摯に私の問題に関心を寄せてくれてるっていうのに、私は今おそらく初めて意識した藤真という人物のオーラに惑わされてムラムラしてるっていう、人間としてどうなのっていうレベルで最低な状態。
しかも、結局私もクラスの女子たちみたいに藤真に惹かれるのかって、そういう落胆もある。お顔が大変よろしくて……って感覚はないけど、ちょっと怖いくらいの目、それをもっと近くで見つめてみたい衝動に逆らえない。この目の中には何が見えているんだろう。
ベンチに腰掛けて靴紐を締め直している藤真はまだストーカー野郎に文句を言ってるけど、内容は全然入ってこない。さらりと流れる前髪を払って、あの目を覗き込みたい。傷に触れて、髪に指を絡めて……
だからそれやだって! 藤真なんか好きになったって時間の無駄じゃん!
頭ん中ぐるぐるだった私が返事もしないので、文句を言い続けてた藤真は不意に顔を上げて、あの真剣な眼差しを向けてきた――と思ったら、次の瞬間、優しく、とてもとても優し〜く、にっこりと笑った。
「心配ないよ、なんとかなるって」
「え? ああ、そう、なるといいけど」
その笑顔は美しいと言うより、神々しかった。たぶんそれは、藤真が本気で「なんとかなる」って思ってたからだと思う。その自信、強い心、そういうものが笑顔にまで滲んでて、私にはそれがまるで天の助けに感じられたんだと思う。藤真がそう言うなら大丈夫なのかも。そんなふうに。
なのに私は傷だのまつげだの……
「大丈夫だって。いざとなればバスケ部全員出動させるから」
「ちょ、部長、それこそ職権濫用」
「そのくらいいいじゃん。監督頑張ってんだし」
なぜかにこにこ顔になってしまった藤真に背を押された私は、部室のドアの前で足を止めた。藤真がすぐ隣にいるっていうのに、ドアを開けたらまたあのストーカー野郎がいるかもって、思ってしまって。怖いのと、腹が立つのと、藤真との距離が近いのとで、頭の中のぐるぐるは加速する。
それに気付いたのか、藤真は少し屈んで、そして私の肩に手を置いた。置いたっていうか、抱き寄せるような。
さっきまで私の全感覚を支配していた彼の目を覗き込みたい衝動が破裂する。
さらりと流れた前髪の隙間から私を射抜くレーザービームのような視線。
「……だから、頼ってよ」
いやこいつなんでそんなこと言い出した? とか、いやいやこのご尊顔に惑わされるなきっと罠だ何か買わされる、とか、それはいいけどこれがバレたら今よりもっとひどい状況にならないか、とか、そういうのが渦巻く私の思考はレーザービームに吹き飛ばされて粉々。
結局、私も私が嫌だなって思ってたような女だったわけね、こんな簡単に落ちるなんて。
ダメだこれ、私こいつのせいでダメんなるわ。
END